人生の裏側

人生の裏側 

2021-02-01から1ヶ月間の記事一覧

観念と現実

つらい、苦しい... 現実に...そう感じている しょうがないi 現実は動かせない 現に感じていることは観念じゃない つらくない、苦しくない... どんなに観念ごとにしようとしても... つらいものはつらいi 太陽が東から登って、西に沈んでも... つらいものはつ…

思いの抜け道

自分の人生を省みて、人間の性格というものは、変わらないものだとつくづく思います。 少なくとも、自分から変えようと思って変わったためしなどありません。 例えば、自意識にトラワレて神経症のようになる性格なんかは、そうして変えられない、変わらない…

自己と神的なもの②

私がやたらと神的なもの~神のことを持ち出すのには、大きな理由があります。 これまで何度か書いてきたことなのですが、それは、私が生来から自意識過剰な性質を抱え込んでいたことです。 これが私の人生でしばしば思いのガンジガラメ、観念地獄の苦しみを…

自己と神的なもの

初めてこのブログを読まれた方は、一体何を書いているのか戸惑う向きもおありかと思います。 例えば、神という言葉がやたらと出てくるので、何かの宗教を信奉しているのかと思われたりするかもしれません。 しかし、私は神を実体論として語ることはほとんど…

あるがまま

"あるがまま"とは、あるがままとしか言いようがありません。 それは、今、自分があるがままでないので、あるがままになろうとすることじゃありません。それじゃあるがままでなくなりますよi 同じようなことを昔言っていた人が居ました。「森田療法」を提唱し…

叡知の光

誰しもが経験しているようなことで、いくら考えても分からなかったことが、考え疲れたか、考えが尽きてしまった時などに、ポンと突然アイデアが閃くって話をよく聞きますね。 私などは朝目覚めた時に、閃いたというか、既に閃きに与っていることがよくあるの…

知らなくてもいいi

今日はこういうこと書いてみようと、思い立った... すると...突然耳鳴りが堰を切ったように鳴り出したi これは何かの霊の促しなのだろうか? こう促しているのは、所謂守護霊か何かなのだろうか? 分からない... 分からないものは分からないi 分からないもの…

主は偕にあり

「神が分かるとか、分からないとかそのことは意味はない。何のことはない、自分は分かる者がそこに居るんですから、神なんて言ったところが、そんなものは嘘っぱちであります。無神論者が神は嘘だというのは本当なんだ。自分ばかりしか見ないもんだから神が…

夢を諦めないでi

今朝、目覚めたら結構雨が降っていました。 しかし、その雨音も消されてしまうように耳元で鳴り響いているものがありました。 耳鳴りだi...何かがつまっていたのか、堰を切ったように激しく..."きん、きん、しん、しん"、とまるで光の雨が降り注いでいるよう…

今日も性懲りもなく...

昨夜は、寝付きにかかっていた矢先に、都内でも震度4の地震がi すっかり、寝そびれてしまいました。 震源に近い東北の方々は、大規模な停電の発生、相次ぐ余震など眠れない夜をお過ごしのことと思います。 早く明るい朝を迎えられますことを...。 実は私は…

現臨と神の国

現臨にあることは、愛、平安...そして本来の自分にあることです。 これは、そういう意識状態にあるということで、そういう"ゾーン"に入ったということ、意識の変容により、そういう場が形成されると言ってもいいでしょう。 これと似たような意識状態で、自己…

現臨は無限定

現臨と私が呼んでいるのは、何ら特殊なことを言っているのではなく、おそらくすべての宗教、スピの世界と関わるものでしょう。ひいてはすべての人にも... それは、そのすべてのものをそう足らしめている命そのものと言ってもいいでしょう。 ただ、それを一つ…

お天道様が見てござるi

前回の記事で私は、"裁判の宣誓てーのは、神の名の元に、それを冒涜するものだi"、なんてこと書いてたんですけど...映画「オペラ.ハット」とか「十二人の怒れる男」(古いi)とか観てたら分かるでしょ? はっi、あれは海の向こうの話、キリスト教中心の国の話…

正直に生きよう

正直に言いますi 私はこれまで随分とここで、自分が如何に超然とした、あるいは悟ったような人間であるか、ということを読み手に持たせるようなことを書いてきたように思います。 色んな意味で、私はどうしたって悟ることなど出来ない人間なのですが、まあ正…

神の国の音信

私がいつも書いていることは、言わば神の国の音信を伝えているようなものなのです。 もっとも神の国といったって、実現してみないと、どんなものだか分かりゃしませんね。 そこは私の想像を働かせてと...と、いうんじゃなくて、しきりに見えない導きのような…

光と段階

立春も過ぎ、心なしか日差しが眩しく感じられるようになりました。都内では今日にも春一番が吹くという予報も出ています。 この日の光...これを受けることは私が"照明"と呼んでいる、あの思いを超えた、すべてを見透す光に与ることを象徴しているのです。 "…

階段と坂道

ある時、いつの間にか幸福感に包まれてしまい、もうじっとしてられないから外に出て歩こう... というような感じが最近再びもたげてきたようなのですが、"外に出て電車に乗ればいいじゃないか?"、と思う人もおられるかもしれません。 あたしゃ、もう即..."イ…

時は移り変われど...

私は毎年、初春の今頃の時季、懐かしいさと共に、何とも言えない幸福な気分にさせられることがあります。 "40年くらい前、何があった、何をするでもなしに幸福な感じが込み上げて来て、じっとしてられない衝動に駆られてアチコチ歩いていたなあ... よく行…